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『LGBT』の社会運動

わたしたちの社会には「性のあり方」をめぐる、さまざまな「これが普通」「こうあるべき」といった規範があります。そのなかでも、もっとも強烈なものは、「この社会には男と女しかいない(そして、それは身体の性別で生まれつき定められている)」ということと、「人は誰しも異性を好きになるものだ」というものです。これらの規範からはずれている人たちを、狭義でセクシュアル・マイノリティと呼びます。LGBTの人々とストレート・アライ(異性愛の支援者)が「LGBTの権利」(「ゲイの権利」「ゲイとレズビアンの権利」とも呼ばれる)の向上を求める組織的運動を行ってきました。LGBT運動は政治的運動や文化的運動の広範囲にわたり、ロビー活動やデモ活動、社会グループの構築や、グループやコミュニティが開催するイベントの支援、雑誌、映画や文学、学術研究と著述や、ビジネス活動などの分野で組織的に行われています。そんなLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の性や性的少数者の社会的な受容を目標として共有して改善を求める行動をLGBTの社会運動といいます。

『LGBT』の活動

これまでに様々なLGBTのコミュニティが単独または団結して活動がなされてきました。それらにはゲイ解放運動やレズビアン・フェミニズム(en)、クイアムーブメント、トランスジェンダー運動(en)があります。LGBTの社会運動は一般的にLGBTの人々の社会的平等(Social equality)が目標として掲げられていますが、一部の運動はLGBTコミュニティの形成に焦点を絞ったり、より社会的な範囲の広い「性的抑圧」(Sexual norm)からの解放を目的としたものも存在します。レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、インターセックスの人々とその他の人々と間における共通益の共有と性的指向や性自認は生まれつきのものはなく意図的に変更できるとして、ゲイ、レズビアン、バイセクシャルの人々を異性愛者に矯正させようとする試み(転換治療、Conversion therapy)は、LGBTコミュニティから概ね批判されていて、協調についての議論が行われています。

『LGBT』とトランスジェンダー

LGBTという単語の、最後の1文字は「自分の性別をどう捉えているか」に関するマイノリティを表しています。「身体の性別と心の性別が一致しない」というと、性同一性障害という言葉が思い浮かんだ方もいるかもしれません。性同一性障害は、トランスジェンダーのなかでも、「医療を必要とする人たち」を指した医学的な概念になります。外見上の性別を変えるために、性ホルモンや外科手術などの医学の力を借りることがしばしばあるために、このような疾患名がついていますが、実際にはすべての人が医療を必要としているわけではなく、さらにはトランスジェンダーが疾患であるかどうかについては、国際的な議論も起きています。

法的な『LGBT』の保護

現在、日本の国内では公民権に関連する法律においてLGBTに関して明確に保護していません。日本の憲法では平等な権利を謳い、法の下の平等の理念の基にいかなる理由の差別も禁止していると解釈されています。しかしながらLGBTに関して同性愛者とトランスジェンダーの人々は、異性または同性のパートナーから肉体的、性的、心理的な暴力を受けた場合に、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」の適用外とされ、法的保護を受けることができないケースがあります。日本は差別行為を包括的に禁じる条項を盛り込んだ「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の締約国であり、性的指向や性自認による差別を行った者への処罰の必要性が記された「性的指向と性自認に関する声明」(en)にも賛成の意を示していますが、法整備が追いついていません。これは日本においてLGBTの人々が雇用や教育、居住や健康、財産などで差別的を受けた場合に拠り所となる法的手段がないことを示しています。

仕事と『LGBT』

日本においてはLGBTの問題として、例えば同性同士のカップルが受けられない行政・企業サービスや、女装者が道端で差別されたり、温泉の入店を拒否されるなどの差別的な対応を受けるケースは依然として多いものの、性的指向に基づく生命に関わるような深刻な差別は比較的稀なケースです。面接時にLGBTに関してカミングアウトしていないことが多いとはいえ、ゲイ・レスビアン・トランスジェンダーの教員は全ての教育レベルにおいても規制がありません。自衛隊では、クリントン大統領時代に米国で起こった同性愛者の従軍議論に関連し、「同性関係が職務やその他の問題に影響しない限りは問題とされない」と回答しています。

『LGBT』運動の定義

どこまでの活動をLGBT運動の定義とするか、その他の社会運動と同様にLGBT運動の間でも意見の相違が存在しています。LGBT運動はゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの人々を少数者集団や集団という固定的分類を使ってある種のアイデンティティ戦略を行うことがよくあります。これらは自由や機会平等化といった政治的な自由主義を目標とし、社会におけるその他の集団と同じレベルで政治の主流に上がることを目的とする際に利用されています。

『LGBT』運動のリーダーと組織

1970年代から90年代のレズビアン・ゲイ運動のリーダー達はLGBTコミュニティの中に区分を作って男性的なレズビアンや女性的なゲイ、トランスジェンダーやバイセクシャルの世間の関心から外そうとしました。LGBTの人々やその支援者全てを代表する組織は今のところ存在しませんが、世界規模でゲイ・プライドイベントの連携や調整を行うインタープライド(InterPride、en)と、国際連合と共にLGBTやHIV陽性者への人権侵害解消に取り組んでいる国際同性愛者人権委員会(IGLHRC、en)の2つの組織の両方が広くLGBTコミュニティと関連団体全体を包括する存在とみなされています。

日本の『LGBT』歴史

日本では欧米のように宗教に根ざした強烈なLGBTへの弾圧の歴史がなく、同性愛に寛容なため、差別への反動としての強いLGBT運動はそれほど盛んではありません。日本にも米国のゲイ革命は影響し、1971年には東郷健がゲイであることを公表して、同性愛者の権利獲得を目指して国政選挙に立候補しました。そして1979年には同性愛者を含む社会的少数者の政治団体、「雑民党」の前身の「雑民の会」を結成しました。また1970年代後半~80年代にかけて、多くのGLBT団体が生まれました。彼らは出版社などに働きかけ、差別的な表現などを是正するように申し入れていました。

196年11月、ゲイ団体「日本同性愛者解放連合」が結成された。

1977年3月、「フロントランナーズ」が結成された。

1977年5月、既成のゲイ雑誌に不満を持つ人たちが、ゲイリベレーションを編集趣旨としてゲイマガジン「プラトニカ」を発刊。このプラトニカから数人が参加してJGCを結成。

1979年、東郷健が「雑民党」の前身の「雑民の会」を設立。

1978年、TBSラジオ『スネークマンショー』のゲイの番組がもとになり、ミニコミ「ウェンズデーニューズ」が発行された。

1981年、日本在住の外国人ゲイによる「イングリッシュ・スピーキング・オルタネート・ライフスタイル・サポートグループ」が結成された。

1983年、ティーン中心のゲイサークル「CLASS」が結成された。

1984年、IGA(国際ゲイ協会,現ILGA)日本支部発足。

1985年、東大阪市長瀬に「上方DJ倶楽部」が発足。

1986年3月、「動くゲイとレズビアンの会」(通称OCCUR)が結成。

1994年8月、ゲイ・パレードが日本で初開催される。

1994年、「GAY-FRONT関西」(現G-FRONT関西)発足。